アデナウアー~現代ドイツを創った政治家~を読んで


ドイツでは、しばしば2人の宰相が対比される。

1933年、ドイツは、43歳の若くて威勢は良いが、いささか神経質な一人の男の手に委ねれ、その男が統治した12年でドイツは世界大戦に突き進み、世界を戦渦に巻き込んで自らも破滅した。

1949年、大戦で廃墟と化し、占領と分断を経たドイツの運命は、今度は73歳の「老人」に託され、その男が統治した14年間で、ドイツの西半分は復興。曲がりながらも自由民主主義体制を整え、かつ敵国とも緊密に結ばれた。

前者は第三帝国の支配者アドルフ・ヒトラー、後者がドイツ連邦共和国(西ドイツ)初代首相のコンラート・アデナウアーである。

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自分は、ドイツの保守政党であるCDU/CSUのことをもっとよく知るという意味でもアデナウアーのことを知っておく必要があると考え今回この本を読んだ。

アデナウアーとは

ドイツ帝国の成立から、第一次世界大戦、ワイマール時代、そしてナチ時代という激動の時代を駆け抜け、初代連邦首相になったアデナウアー。

ドイツ史に興味があり、かつ先行している自分にとって、この本は大変興味深く読むことができた。

第二次世界大戦後、アデナウアーはドイツが中心という従来の「中欧」という概念を捨て去り、「西欧」と結合することによってドイツの安定を図るという姿勢を打ち出した。

冷戦時代、東西にドイツは分裂。しかし、東西ドイツが統一をする機会というものが、冷戦初期に全くなかったといわれればそういうわけでもなかった。

ただ、アデナウアーはあくまでも「西側結合」を優先。米軍のヨーロッパからの撤退を招きかねない「ドイツ中立化」はあくまでも、世論が何と言おうが認められなかった。ゆえに、東西ドイツが統一することはなく、むしろ分断が決定的なものへとなっていく。

「西側結合」と比べてもう一つ重視したのは「ヨーロッパ結合」である。過去に3度戦争をしたフランスと共にヨーロッパの経済的・政治的な統合を図った点は画期的だった。

アデナウアーの功罪

外交では華々しい成果を上げたアデナウアー。

基本法の制定や主権の回復、再軍備の推進、独仏間でのエリゼ条約締結などに加えて、イスラエルとの和解も積極的に推し進めた。

しかし、「見せかけだけの民主主義」的な政治運営をしていたことは指摘されている。「自身の正義」を重視し、周辺の人たちに対して積極的に耳を傾けようとしなかった場面があるのは事実である。

1959年の大統領選立候補問題などは、まさにアデナウアーのエゴが働いたといっても過言ではない。

アデナウアー政治は、ドイツ連邦共和国に民主主義を定着させた。しかし、秩序の安定と経済の復興を優先した結果、多くの西ドイツ国民は政治に関わることはなく「おまかせ」してしまった。これについては、ナチ時代と何も変わりがないという指摘がある。

まとめ

アデナウアーの表面的な部分だけではなく、アデナウアーの性格や人柄、政策の背景にあったもの等についてもこの本を通して知ることができた。

日本の吉田茂、岸信介、そして池田勇人がやったことをたった一人でやりのけたアデナウアー。

ぜひ、読んでみては?

<<書籍情報>>

作者: 板橋拓己
出版社/メーカー: 中央公論新社
発売日: 2014/05/23

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